-その手に隠しているものを見せてみろよ。
-そっか、わかった。いいよ。
握りこぶしを差し出した。とじられた5本のゆびの1本1本をひらく。
-ん、何?これ。
-知らない?
-うん。何?
-じゃあ教えてあげるね。これ、「愛」ってやつね。
-「愛」?
-うん。
-愛って、こんななの?
-そうだよ。知らなかったんだね。
-うーん、思ってたのとちがったな。
-そうだよね。みんな、最初見たときはそう思うらしいよ。
-んー、そうなんだ。
-じゃあこれあげるね。
-え、なんで?
-いらないから。余ってるから、あげるよ。
-え、持っといたほうがいいんじゃないの。
-うん、ね。そうかもしれないね。でももういいの。…じゃ。
すこし泣きそうに見えたそのひとは、そう言って「愛」を手に握らせると、そのまま行ってしまった。
こんなものを、余っているからといって押しつけてもらっては困る。
手に渡されたそれをいまいちど見ると、そのひとにはもう会えないことがわかってしまった。また会えるとしても、それはそのひとではない。
もらったそれを、同じように誰かに押し付けてもいいと思った。そうすることもできた。多くの人はそうするんだろう。僕は馬鹿だから、どうなるか知っていてそれをくちに入れてのみこんだ。天国みたいな激しくて甘い痛み、僕は死んだ。