どうしようもないままで美しい僕ら

かんがえたことと日々の記録

勉強

勉強ができるからなんだというのだろう。

ほんとうにそんなことはどうでもいいのに、勉強ができることになんでそんなに価値が置かれているのかな?くだらないと思う。

この社会はなんなんだろう。いびつで、壊れ始めている。

能力があるとかないとか、くだらない。

能力があると言って価値を認められて育ってきたら、自分には何かあるのだと勘違いしてしまう。なんにもないのに。あるのは、ひとりの人間だけなのに、いつも。

生きることは簡単なはずなのに、もっと。

私は地元に帰ることだってできるはずなのに。

能力があると思い上がる。何かできると思い上がる。

この社会のなかで私だけが変わっても意味がないのか、何か変えなければならないものがあるのか。

私にできることは何か?何かができると思っているのか、なんで東京にいて、副業して、時間をつかって。私の価値、私の生きる意味は私の能力にあるのではない。

私が暮らすことはもっと簡単にできる。もっと簡単にできることを、どうして?

何をして生きるべきなのか。

私の能力ってなんなのか。

いつから能力が高いとか低いとかそんな概念があったのかな?歴史のなかで。

そんなもの必要のなかった時代はいつなのかな。

現代社会に嫌気が差していて、はるか昔に思いを馳せることばかり。

 

ごはんを買いにいかなければならない。ごはんが買えるのも、この社会だからだ。

 

ほんとうにへんてこりんなシステムの中に閉じ込められている。

生きることをあてがわれている。

 

明らかに、調子が悪いときの文章。(バッドモード)