どうしようもないままで美しい僕ら

かんがえたことと日々の記録

知ること

もう春なのだろう。3月4日。風に緑がやわらかく揺れて、椿の花は光り、梅の花はあたらしく、窓に触れると日光であたたかい。こんなに天国みたいだ。わたしは今日も下半身から血を排出しながら生きて、信号を無視し、自転車に追い抜かれて坂道をくだる。ひととひととの関係は難しくてすこし困る。1年前の今頃は、北海道の当別町にいたわたし、そのころにはこうなるなんて思いもしなかったいまのわたし。当別はたいへんな雪だった。当別にいた彼のことを思う。人と人とがつながることは難しい。わたしも人と関係するのは難しい。2週間ほど後に迫るイベントのフライヤーを持って出かける。

どうして書くのか、どうして書かなくなるのか考える。

知ることの蜜、人間の奥のほう、底知れなさにくらくらしてしまう。

わたしたちは何を欲望しているのだろう。自分ではない何かと一体になることを、ひどく、欲望しているのだろうか?